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2014/10/21

三重県建築士会 松阪支部より~地域紹介~

・松阪支部の地域

 松阪市・多気郡

・自己PR
  松阪支部長 地主昌美

松阪支部は、昭和27年に設立以来今日まで先輩諸兄の会員により長年に渡り、松阪地域の町づくりに関する事業、会員相互研修親睦を図る事業など様々な活動をされ、平成19年には、55周年事業として記念式典、記念誌の発行をされるにいたりました。
 
 私は、20歳前半に松阪市内の設計事務所に在籍中、会社社長の勧めにより入会しました。
当時をふりかえると、何も分からず、町並のスケッチやソフトボール大会に出席するなどして支部事業に参加していたことを、懐かしく思い出されます。
 
 事務所を開設後は青年部役員、そして支部役員をさせていただき、自営業の設計監理業務だけでは、出会えない士会会員の方々や、地域の方々とも交流させてもらいました。この経験は、私の財産の一つになっていると思います。
 今年度より、支部長の大役を指名いただき、微力な私に何か出来るかと、悩んでいるなか、本部主催の様々な会議に出席し、色々気づかされた事も沢山ありました。やはり一番は会員の減少問題ではないかと思います。

 支部会員の方々に少しでも多くの建築士会事業をご理解いただき、減少する会員数に歯止めを掛けられ、元気のある支部のまま、次世代の会員に引継ぎを出来れば幸いと思います。
 会員の皆様のご支援、ご協力の程よろしくお願いします。

・お勧めの町並み
松阪支部管内には、参宮街道が通り、城下町としての町なみなど、市内や周辺地域には、ぜひ訪れていただきたいお薦めまち並みが数多くあります。
皆様におなじみのまち並みを、私が先日撮影した写真で紹介します。

いつ見ても美しいですね、お城から見た御城番屋敷
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江戸時代商いで財をなした伊勢商人の長谷川家
10月26日に松阪市産業振興センターでシンポジウム開催「長谷川家と豪商のまち松阪」
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三井家発祥地、松阪商人の館がある本町通り
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殿町(旧同心町)
同心と呼ばれた武士達が住んでいた通り
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2014/09/17

三重県建築士会 津支部より~地域紹介~

・津支部の地域
  津市

・自己PR
  津支部長 宮崎 重則
  昭和38年8月16日生まれ 兎年の男性です。
  三重県立津工業高等学校建築科を卒業し、三重短大第二部に通いながら市内の大工さんに弟子入り。
  卒業前に仕事中の事故で、1年近く、自宅でリハビリ。のちに、リハビリしながら家業に就く。
  二級建築士の資格を取得後、設計事務所を設立。一級建築士の資格を取得後、建築士会に入会。
  現在に至る。自営業、住匠工房 宮崎/宮崎建築と宮崎建築設計事務所の設計・施工を営んでいます。
  主に伝統的構法で一般住宅を手掛けています。

・お勧めの町並み
旧伊勢別街道
芸濃町  楠原・椋本・林地区
主要道路が発達し旧道となった為、割合といい具合で残されています。
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一身田寺内町  
高田本山の門前町として栄え、町並み保存団体の活動も盛んで高田本山は勿論、江戸期以来の商家が並び、環濠も見ることができます。
文化財級の建物も沢山あります。
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旧参宮街道
阿漕・八幡・藤枝
特に阿漕の通りは交通量も程々であるが、比較的良い状態で残っている。
行政指導や保存活動ということは聞いたことがないが、住民の意識が高いのか?
地元でもあるので、何かアクションを起こしたいと思っている。
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旧伊勢本街道
二本木・上多気・伊勢奥津・石名原
宿場町で栄えた。現在も比較的よく残っている。





2014/08/29

三重県建築士会 紀北支部より~地域紹介~

・紀北支部の地域
  尾鷲市・紀北町・(熊野灘:リアス式海岸)

・自己PR
  紀北支部長 宮原 良雄
 みえ木造塾運営委員として10年間関わりながら、紀北支部では執行部として会員のご理解とご協力のもとで取りまとめをしています。
わたしの住む町は、地勢的に南北に細長い三重県の南部にあり、漁業・林業など第一次産業を中心とした紀北町です。必然的に地域との関わりは予想以上に密なものがあり、四季折々の歴史的・文化的なお祭りや行事を生活の中心に置く地域なのです。
わたしの職能の関わりだけでは、とても地域には受け入れられない生活がそこにあり、地域の暮らしや生活の中で、社会規範が形成・熟成されている。そこでは、「絆」でしっかりと結ばれた地域の営みが続いている。そのような東紀州地域をこよなく愛し、そこに生活している人達を大好きな『わたし』なのである。

・お勧めの町並み
 紀北町紀伊長島区長島浦町(五十集(いさば)屋(や)通り)

新江の浦大橋(アルファ橋)中央に立ち、東を眺めると、国道42号線荷坂トンネルがかすかに見える。西には、真っ赤な江の浦橋(橋中央部が昇降式)やアイボリーカラーの町立西小学校屋内運動場(RC造2階建:わたしの設計)とその後方には、総ガラス張りの町民体育館と杉木目板コンクリート打放しの旧紀伊長島町役場庁舎(日本大学生産工学部・宗研究室設計)が見え、人工的な構造物の水平・垂直ラインとそのボリュームが周囲の景観となじんでいる。
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北には、海と山に挟まれた平地の海岸沿いに細長い漁師の家並みが見える。

早速、前浜の岸壁に車を止め、まち並み散策に出発する。
すぐに狭隘(きょうあい)な路地(合い(あい)・世古(せこ):幅員3.5尺~6.0尺)に入ることになる。
家々の間口は1.5間~2.5間ほどで奥行きは5.0間~7.0間ほどである。

平入屋根、左右のケラバが隣地の上部に互いに重なり合い、高い建物の方が1尺ほど隣地を占拠している。平地の少ない漁師町の敷地を有効に使おうとする生活の知恵からできたものであるが、県の建築主事が、当地に赴任されたときの説明には大変な苦労をする。「民法236条による慣習に従うものなので、宜しくお願いします。」

そんな漁師町の中に五十集屋(いさばや)(いさば:魚加工問屋)通りという呼び名の通りがある。明治から大正時代まで、そこには、8軒ほどのいさば屋があり、戦後の全盛期の頃は、「魚まち」と呼ばれ、その通りの旦那衆のお金や手を掛けた家の造りは、明らかに漁師の住む家との違いが今でもよくわかる。
この「魚まち」界隈の歴史的、社会的、文化的に価値のあるまち並みを、地域の活性化につなげようと住民による『古道魚まち歩(ある)観(かん)会』が発足し活動が始まっており、わたしも会員の一人として活動に参加している。
(尺:303mm・間:6尺)
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2014/07/25

三重県建築士会 三泗支部より~地域紹介~

・三泗支部の地域
   四日市市、三重郡(菰野町、川越町、朝日町)

・自己PR
   三泗支部長 羽生田 征一
   昭和21年10月11日生れの戌年の男性(現在中性に近い)
   四日市市内でハニー建築事務所を営んでいます。
   痩せ形の、意外に髪の毛の黒い爺さんです。
   言葉は多いが、中身が乏しい、纏まりのない厄介者です。

・お勧めの町並み
数多く挙げきれないので、ランク18を紹介します。
四日市から滋賀(近江)の八幡までの八風街道の途中で、菰野町田光地内の国道306号線(巡検街道)との交差点から西へ 120m程その四つ角を右折し北へ100m(相生橋北詰)を左折し100mで多比鹿神社の至ります。
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こちらには全国一ともいうべき、大屋形用の礎石があり、平素は屋形組は格納去れているが、神社の大祭の時は、大きな屋型が奉納される八風街道の四つ角へ戻って右折し西へ向かうと、昔の杉谷境としての位置標識でもあった、「八風の大石」があります。
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その他朝明山乗得寺とか、光泉寺、九品寺の3寺が、纏ってあります。町並みは、見る影がない状況ですが、ポイントにこだわって観る箇所はかなりあります。
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